マーケティングの世界には、ややこしい難物、だけど避けて通るわけにいかない大切な概念というか作法というか、そういうものがいくつもあります。

アイディア、インサイト、ブランドキャラクター、センス、などがその筆頭株でしょうか。

どの局面、どの次元で使うものという決まりがなく、戦略そのものを考えるところから具体的な施策に至るまで、マーケティング全般に深く関わるもので、しかも、定義することが難しいので、人・会社によって意味が違ったり使い方が違ったりします。

そして、たぶん彼らを難物にしている一番の理由が、公式・数式・パターンというのがない。 こうすればいいものができる、ここを見れば良し悪しが決まる、みたいのが、はっきりしない・常にうまくいくとは限らない。

しか~し! これらを避けて、良いマーケティングをすることはできません。 戦略側のマーケターの腕での見せどころ、クリエイティヴィティの発揮のしどころです。 (リニアな思考しかできない人には、はっきり言って無理です。) 大変です。 (ちなみに、私はわりと得意です。 えへんっ。 当たり前ですね、それが仕事でした。)

さて、今日は彼らと同じように扱いが難しい、「メタファー」についてちょっと考えてみようかな、と。

たぶん、すっきりした記事にはなりません。

説明・解説もとても難しいし、具体例を出そうとしても社外秘の情報であることが多い、(そして何より私たちの必殺技でもある)ので、これまでブログでもあまり触れてきませんでした。 でもまぁ、避け続けるのもなぁ、と、やってみる感じです。 お許しください。


まず、メタファーという手法、常に・必ず使うというものでもありません。

じゃあ、どういうときに使うかというと、論理的・機能的に説明が難しい、感覚的・感情的な狙い(戦略)を、他の人が見ても(ある程度)ちゃんと理解できて、かつ、発想などの刺激となるものが必要なときです。

は?

ですよね。

例えば、ブランドの人格や価値観(ブランドキャラクター)や、エクイティ上のベネフィットがExperiential Benefit(経験的・体感的便益)で論理的表現が難しいとき、ブランドのデザイン(見た目・手触り・雰囲気)が、色や形だけで説明できないけれど、しっかり一貫性を持たせるためのデザインテーマが必要なときなどに使います。 また、さらにはブランドの大義・使命・人生観を言い表すときにも使われることがあります。

多くのブランド(や製品・サービス)が、機能的・論理的なものだけで成り立っているわけではないので、つまり、ブランド戦略を決めるときには、かなりの確率で必要になる概念と手法なわけです。39249601_1765384883499107_5309527666116788224_n



少し具体的な話に入る前に、そもそも「メタファー」って何?というのを話しておきましょうか。 (わかってるわよ、という方は、このセクション飛ばして先に進んでください。)

日本語で言う明喩・暗喩というのと、少し違うところもあるんですが、ごくごく簡単に言ってしまうと、論理的なたとえ話=アナロジー(≒明喩)に対して、感覚的・感情的なたとえ・置き換えをメタファー(≒暗喩)と呼ぶことが多いと思います。

よく教科書に載っている例で解説すると、「あなたは太陽のように明るい人だ」が、明るさのたとえ・誇張として太陽を出すことによって、とてつもなく・いつも明るいということを(論理的に)誇張して伝えるアナロジーであるのに対し、「あなたはわたしの太陽だ」となると、明るさに限らず、いろいろな意味合いを持ちます。 太陽というメタファーに象徴されるさまざまな感覚やイメージを意味・暗示・示唆するので、明るいだけでなく、あたたかい、命を育む、なくてはならない、いつも見てくれている、頼れる、くよくよさせない、目標となる、尊敬できる・あこがれる、などなどなどなど、いろんなニュアンスが含まれます。

アナロジーが論理的なわかりやすさを助けるために使われるのに対して、メタファーは意味に大きな広がりや深みを与えるだけでなく、経験や感覚、感情なども伝えててくれる、にもかかわらず、大きな方向を示してくれるわけです。

(無敵? いえいえ、意味の大筋が、他人と共有できているものでないと使えませんし、ぼんやりしすぎて方向を示すことにならないことのほうが多いので、使うのは難しいのですよ。)



では、以下、可能な限り具体的な(どこのどのブランド・会社とかは明らかにできない場合が多いですが)事例を見てみましょう。 それで、あ~なるほど、そういうときに、そういう風に使うのね、と思っていただければ。


少し前に凪。が記事にしていましたが、プリザーブドフラワーのお店のお手伝いをしたとき、そのお店(ブランド)のデザインテーマ(ブランドの雰囲気)を表現するのに「魔法使い」というのを設定しました。

記事に出てくるマンガが、なによりの解説だと思いますが、店主OKDさんの趣味が色濃く出たお店の内装・装飾、アンティークの家具や小物、そしてお店の立地などが、何やら怪しげな感じで、お花の色もパキっとした明るい色ではなく、なんとなく陰影があって、これはなんだかハリーポッターに出てくる道具屋さんの小径みたいだぞ、というのが始まり。 (これらは、戦略的な意図があって、というよりは、好きなものを集めてたら、とか、偶然その街、その物件にお店を構えたから、というものです。)

また、プリザーブドフラワーというのは、命のある=すぐに枯れるはずの花を、化学的に加工して寿命を延ばし、美しさを「止める」ものです。 いわば背徳的、とまではいいませんが、神のルールにちょっとだけ反抗する行為でもあるわけです。

そして、プロポーズのためなど、大切な贈り物として選ぶ・オーダーするお客さんが多く、店主OKDさんはお花を用意するだけでなく、プロポーズのタイミングやら場所やら、いろいろと彼らの相談に乗ったりしている。 それを聞いた男の子たちは、ホッと安心して帰っていく。

こうした要素から、占い師、錬金術師、魔女、魔法使い、ハリーポッター(ドラクエ)などのイメージが出てきたわけです。

そうすると、店のロゴやシンボル、ギフトボックスのデザイン、名刺やショップカードのデザインや紙質、写真の雰囲気、などなど、いろいろな制作物に一定の方向を与えてくれ、同時に「あんなこともできる、こんなこともやりたい」という刺激を与えてくれます。 (それまで、なんとなく自分の好きなもので飾っていた内装などにも一貫性が生まれてきます。)


もうずいぶん前になりますが、別のお仕事で、小規模の進学塾のブランド戦略策定のお手伝いをしたときには、「オトナになる準備を整える剣術道場」というブランドキャラクターを設定しました。

こちらは、先ほどの例と違って、デザインではなく、ブランドの価値観の規定です(ので、塾の教室が板張りで、生徒が雑巾で床を磨いているわけではありません。 お洒落で落ち着いた雰囲気の教室です)。

まず最初に、塾頭にインタビューするだけでなく、実際に教えているところを見学に行ったのですが、これが、ともかく厳しいんですよ。 容赦ないというか、文章や単語をひとつずつ、ぴしぴしと、問題の問いそのものに関わらない部分も全部学び尽くしていく。 塾頭から、いつどんな質問が飛んでくるかわからないので、しっかり予習し、緊張しながら・常に頭をフル回転させながら授業を受ける。

しかも、聞いてみると、「こいつはまだだ」とか「彼女はうちのやり方に耐える覚悟が足りない」とか思うと、入塾を断ったりしてるわけですよ。

これは、なんだか普通の「受験関連商売」ではないぞ、と。

進学塾ですから、当然、成績は上げるし、志望校に入る確率を効果的に高めてくれるわけですが、卒塾生やその親御さんなどにインタビューすると、それ以上に「厳しい指導のおかげでオトナになれた」ことに対する感謝が大きい。 そして、オトナになった彼らが、手土産片手に塾を訪ねてくる。

これ、何かに似てるよなぁ。

と思いついたのが、「剣術道場」でした。 時代劇とかに出てくるあれです。 (不良旗本が徒党を組んで悪さをするほうではなくて、藤沢周平とかに出てくるまじめなほうね。)

彼らが、受験という名の、人生の中でおそらく初めてで最大の理不尽と不自由を味わい、その中で自分を鍛えていく、そして少しオトナになっていく。 受験そのものに成功したかどうかだけでなく、習ったことを一生の仕事・糧としていくかどうかでもなく、競争に勝つかどうかではなく、少人数の塾で、びしびし指導され、自分で習熟していく、自分に真剣に向き合う機会をくれる。

そういうイメージですね。

こう決めてしまうと、じゃぁ塾の方針をどうしようとか、指導の仕方をどう高めていこうか、とか、なぜ・どのように本人・親御さんと話し合い、付き合っていくべきか、塾頭以外の指導者がどのように授業を運営すべきか、などが、より洗練されていき、かつ、深みや広がりを生んでいく。


途中で終わってしまった仕事で、結果が出ていないので、いい例かどうかは微妙ですが、とある接客業のブランドキャラクター(ひいては接客に臨む態度・行動の規範みたいなこと)として「My Favorite Things(私のお気に入り)」というのを設定したことがありました。 (頭の中で音楽が鳴り始めました? それです。)

お客さんの持ち物をメンテナンスする仕事なんですが、修理などに持ち込むものは、お客さん本人にとってはちょっと大切にしてあげたい、もう少しだけ長く使いたいものです。

ただ、メンテナンスといっても、結構な金額が必要で、場合によっては、複数回メンテナンスサービスを受けると、新しいのが買えてしまえたりする。 論理的に考えると、2~3回目以降は、修理せずに新しいものを買ってしまえばいいはずな場合も。 しかし、高価だからとかではなく、やっと慣れ親しんだものだから、愛着のあるものだから、もう少しだけ長く大切に使ってあげたいから、と、いらっしゃるわけです。

それを受け手がぞんざいに扱ったり、高価なものではないからといって、買い替えをすすめたりしてはいけない。 他人にとってはどうでもいいようなガラクタに見えても、本人にとっては、「私のお気に入り」なわけです(本人も価値の高いものだとは思っていない、大切なだけです)。

そして、修理が終わると、少しうれしそうにそれを持って帰る。 まさかスキップはしないし、歌いだしたりはしないけれど、「これは(もう)私(だけ)のモノ」、「ちょっといいことをしたなぁ」、「また使ってあげられる」と思いながら。

そういうのを、単に「お客様にとって大切なものだから」と物理的な大切さを論理的に語るだけでなく、そうして大切に使いたいという気持ちまでもをなんとかうまく捉えたかったので。


次の例は、私が勝手にそう考えているだけで、ブランドを運営する会社・人に聞いたわけでもなんでもないんですが、よく話すことなので。 (つい先日のアドテックでの講演でも使って記事にもしました。)

ガリガリ君の価値観というか人生観。 短くまとめると「ガキンチョのこころ」ということなんですが、もう少し説明すると「ガキンチョ(の頃の)楽しい時間、夏休みも遊びの時間も、いつか終わることは知っている、でも、この時間がずっと続いたらいいのになぁ、世の中そうだといいのになぁ」ということでしょうか。

デザインも、あの安っぽい(おいしい・なつかしい)味も、子どものいたずらみたいな変な味の限定品も、サッカーや夏祭り・花火とのコラボも、ガリガリ君自体、ブランドとして、このキャラ・価値観で運営されていると思いますが、ブランドとしてさらに卓越しているのは、それが同時にユーザーの価値観(の一部)と強く結びついていることだと思います。

なので、ガリガリ君のターゲットは「ガキンチョのこころを持つすべての男女」と考えて差支えないと思います。 (だから、オトナも女性もたべるわけですよ!)


だらだらと書いてしまいました。

なるべく実例(に近いもの)で話さないと、わけがわからなくなりそうなので、開示できそうなものだけですが、書いてみました。

あと有名なので言うと、GODIVAの「Gift of Gold」というデザインテーマ(ディレクション)もそうでしょうかね。 とてもよくできていると思います。 ああ、だからGODIVAのお店ってああいう展示の仕方をしてて、あんなパッケージに入ってるのね、だから自分用に買うのも、あんなに楽しいのね、と。

スタバの「The Third Place」というExperiential Benefitは、文章そのものはメタファーというよりはずいぶん論理的ですが、その意味を考えていくと、なかなか深みがあっていいですよね。 コーヒーの味に深みはありませんが。 なるほど、だから「今日はスタバでマックブックで仕事中」なインスタを上げたくなるわけね、と。


ともかく、論理的に説明しようとすると、長くなる、長く書いてもはっきりしないもの=感覚やイメージ、経験・体験などを、メタファーという手法を使って言語化すると、ブランドに方向を与え、深みやおもしろさを展開することができるんですよ、というお話しでした。


作り方? う~む、じっくり観察して、じっくり考える、だけなんですけどね、私にとっては。 そのへんはまたいつか。

例を見ていただいたらなんとなくわかると思うのですが、「意図・ディレクションにしっかりとした方向がありつつ、意味に十分な広がりや深みがあって」、「読む・解釈する人が違っていても一貫性が担保されながら、十分にインスピレーションを与えることができる」もの、というのが基準というかコツでしょうか。

そのために、共通の理解・経験・文化などを利用して感覚・手触り・感情をぎゅっと絞る、みたいな?


もう少し考えます。

また、書きますね。


お。


PS: 5年半前に、同じタイトルの記事を書きました。 そのときはメタファーに限定せず、でもブランドキャラクターや価値観をことばにすることについて議論していました。 よかったら、こちらも