去年の春から夏にかけて、とあるメガネ屋さんの仕事で西日本を中心に全国行脚をしていたのですが、その様子を「クレドの旅」と名付けてFacebookにアップしていたら、当然のようにたくさんの質問をいただきました。
もちろん、ほとんどが「なにやってんの? おいしいもの食べた?」でしたが。 あとは「ロゴのデザインの仕事ですか?」というのもたくさんありましたね。 ま、確かにそれはそれでやってるんですが、旅はあくまで「クレドの伝道」が目的でした。
関連していろいろご質問をいただいていたので、ここでちょっとまとめてみることにします。 開発、浸透、運用の3つの段階に分けますね。
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Q: 「クレド」ってなんですか?
お。: ググってください。
Q: ググれば出てきます?
お。: 各社の有名なクレドが公開されていますので、いろいろ見てみるといいですよ。 決まった書き方があるわけではないので。 リッツカールトンの「クレド~我が信条」が有名で、すぐ見つけられると思います。
Q: では、どうして、えとじやが「クレド」なんですか?
お。: それそれ、それを聞いてほしかった。 得意の「短い質問に長い答え」。
件のメガネ屋さんは、様々なメガネブランドや自社製品を扱っていて、接客に重点を置いたサービスを展開しているんですが、そうしたリテールサービスにおいて、ブランドは、私たち「えとじや」が携わることの多いFMCGカテゴリと違って、広告やパッケージデザイン、製品デザインや製品パフォーマンスなどよりも、お店における店員さんとのやりとりの中で作られていきます。
そうなると、ブランド戦略を作ったとして、それを実践するためには、マーケティング部・広告会社・デザイン会社よりも、ひとりひとりの店舗スタッフ自身がブランドを体現できることのほうが重要なわけです。
「えとじやさん、ブランド強化をしてください」と依頼されたとすれば、当然、店舗のスタッフの行動をブランド価値に沿ったものにしていかないといけない。 ロゴとかデザインとか、そういうのは、むしろ後回し。
ということで、うちがスタッフの行動指針(クレド)作りを手伝った、というわけです。
Q: ということは、ブランド戦略(エクイティ)とクレドが対になっているイメージ?
お。: そうですね。 ブランドエクイティが上位概念で、その内容のうち、スタッフの行動として実現されるべき戦略的要素を、クレドという行動指針に翻訳する、という感じです。 エクイティには、店舗・商品・広告物のコンセプトやデザインなどで実現すべき項目もあるわけなので、それらはクレドには含まれません。 また、同じ戦略的要素であったとしても、実施方法が異なるものについては、それに沿った表現・文章にします。 当然ですよね、エクイティは、お客様の心・記憶に資産として残したいことなのに対して、クレドはあくまでも「スタッフ自身がどう行動すべきかを自分で考えるための原則・指針」なので。
また、エクイティには、ブランドの戦略ターゲットが明確に記されていますが、今回のようなリテールサービスでは、お店にいらっしゃる方すべてがお客様なので、戦略ターゲットのように、お客様を限定するようなものはクレドには含みませんでした。 まぁ、ここらへんは、ルールがあるわけではなく、それぞれのビジネスの目的と特性に合わせて考えるべきことだと思います。
Q: クレド開発において、難しかったこと、あるいは、開発において注意すべき点は?
お。: どっちも山ほどあります。
Q: 具体的には?
お。: 具体的に聞いてください。
Q: わかりました。 苦労話を聞き始めると、ものすごく長くなりそうなんで、開発の進行に沿って聞くことにします。
まず、開発に取り掛かる前に一番注意すべき点をひとつあげるとすると、何ですか?
お。: 会社のトップが、それがビジネスを伸ばすために最も重要だと信じていて、公言していること、ですね。
これは、クレド以前に、ブランド作りすべてに言えることですが。
会社のトップが、ブランドを作り育てることこそが、短・中・長期的にビジネスを伸ばすために最も重要だと考えていて、それを実現するためにクレドという手法が有効であると納得していること。 これが無いと、必ず失敗します。
Q: 必ず、ですか?
お。: 必ず。 「クレドとかいうのも、あったほうがいいよね、最近、あちこちで聞くし」くらいの認識なら、やめたほうがいいです。 次に話しますが、開発にも、その浸透~運用にも、全社の、並々ならぬ苦労=リソース=ひと・カネ・時間がかかりますから、トップが納得していないと、途中で「もういいんじゃない」とか「それはそれ、さ、ちゃんと仕事しよ」とか「いいのが書けたね、額に入れて飾っておこう」、さて「それはいいから、売り上げを伸ばしなさい」とかなりますから。
Q: では、開発にあたってのポイントは?
お。: たくさんあるんですが、あえて2つに絞ります。
ひとつは、全社的な関わりとプロジェクトオーナーの高いコミットメントの中で作り上げていくこと。 もうひとつは、ちゃんとプロをメンバーに入れておくこと。
Q: 全社的な?
お。: そうですね、これは、クレドで必ず語られることですね。 社長が勝手にコンサルに作らせて、ある日、訓示とともにお披露目、というのは、ダメみたいです。 できるだけ多くの社員・スタッフがその開発に関わることが大切なようです。
目標やビジョンを示すのが経営者の仕事、それを実現するための戦略と行動指針を作るのは社員・スタッフの仕事、その実現のためのリソースを確保するのは経営者の仕事、ってことですね。
今回のメガネ屋さんの場合は、クレド開発の責任者がひとり(ほぼ専任)就いて、その方の下に各部署からチームに10名弱ほどが参加(全員兼任)して、ブランド戦略からクレドの開発まで担当してくれました。 しかも、彼らが手分けして、なんと、全スタッフにインタビューをしてくれましたから、すごいですよね。 「なるべく多くの社員」ではなく、パートさんまで含むほぼ全員、1,000人近い人たちに話を聞いたわけですから。 これに関しては、私たちの予想をはるかに超えた強いコミットメントだったと思います。
さらに、責任者はのちに専任になったんですが、経営者からその方にちゃんと責任と権限が委譲されていて、全部署・部門長とちゃんと話ができることも重要です。 この点については、クレドの浸透と運用のところで、改めて話します。
Q: ふたつめの「プロ」というのは、外部のコンサルということですか?
お。: そうとは限らないと思います。 クレドの開発段階であっても、その目的と運用方法によって、必要とされる専門知識・技術・経験とリーダーシップがあるよ、ということですかね。 それが社内で調達できるのであれば、外部である必要はありません、というか、さきほどの「全社的な関わり」から考えると、なるべく社内がいいんだと思います。
Q: 具体的にはどのような「プロ」が必要なんでしょうか?
お。: 全部話すと、(ただでさえ話が長いのに)さらに長くなりますので、今回の件に限ってお話しします。 さらに、社内のチームを支えて、クレドという文書に仕上げるため、という、開発段階に限定します。
まず、ブランドの長期戦略と醸成したいイメージ、つまりブランドエクイティを決めないといけません。 これに関しては省きますね。 ビジネスやブランドの特徴などを分析し、ビジョンを決め、それを戦略的なことばにまとめる力が必要で、これは、通常のブランド戦略作りと同じです。
さて、ブランド戦略が決まったとして、クレドの開発に入るわけですが、そこで必要な「プロのスキルや経験」とは、おおよそ下記のようなものでしょうか。
・社員・関係者の意見や思いを聞き出し、分析し、戦略的な要素にまとめる力
・それを「クレド・行動指針」ということばと文章にまとめあげる言語化力
・行動指針=人事や教育に活用していくことになるので、その分野のプロ
・そしてもちろん、全体をまとめて、結果に導いていくリーダーシップ
今回、うちは主に上のふたつを担った感じですね。 みっつめに関しては、人材育成のプロの方に入っていただいきました。 リーダーシップに関しては、クレド責任者とその後ろ盾となってくれた経営者ということですかね。
Q: みなさんが聞きたいことだと思いますが、どれくらいの時間がかかるものですか?
お。: 標準的な期間というのがあるわけではなく、必要とされるものによっても違うと思います。 また、前提となるブランド戦略がちゃんと存在していない場合は、それを開発するための期間も必要ですからね。
今回のケースの場合、会社の歴史を調べたり、幹部や社員のインタビューをスタートしたのがおととしの夏、クレドそのものの文章に手を付け始めたのが11月くらいでしたでしょうか。 で、できあがって、みなさんに読んでいただいて仕上がったのが2月、それから必要なものを印刷などして4月にお披露目、でしたので、全部で9か月、クレドだけで5~6か月ですね。
どうでしょうねぇ、「作文」だけで、少なくとも2~3か月はかかると思いますよ。
ブランドエクイティもそうですが、こうしたものは、書いては寝かせて、見直して、の繰り返しですから。 いいことばが「降りてくる」のを待つ、みたいなことも必要だったりします。
Q: 必要なものを印刷、って言うと、具体的には何を用意したんですか?
お。: 今時、印刷ってねぇ。 でも、こういうのは紙に印刷されてないとうまく回らないんですよね、なぜか。
クレドそのものを、携帯したり、お店の壁に貼ったりするために、いくつかの大きさのものを作りましたが、それに加えて、解説書というか、ガイドブックを作りました。 クレドそのものはカードや葉書1枚に収まるシンプルなものですが、その文章の意図や背景などを理解してもらうための説明書、ですね。 これは、手間がかかりますが、必要ですね。
あと他に準備したものは、浸透や運用に関わるものたちなので、次に話しましょうか。
Q: 開発編の最後に、お。さん自身、振り返って「ああ、こうしておけばよかったなぁ」と思うことはありますか?
お。: いろいろ学ぶところはありました。
このあとの浸透と運用につながることですが、今回のクレド開発チームに、浸透と運用の主体になる店長さんやその上長さんが少なかった、というか、その後の人事異動などで本社に入ってしまった方がいたりしたのですが、開発チームがそのまま運用チームになっていれば、もっとスムーズだったかなぁと思います。
あと、些末なことかも、ですが、この会社には朝礼などで企業理念を「唱和する」という文化があったんですね。 私はそれを知らなかった。 そして、今、クレドもみなさんに暗記していただき「唱和」していただいてるわけです。
そういう文化を実体験したことのない私が書いた文章なので、普通に読んで理解する分にはわかりやすい文章が書けたと自負しているんですが、「唱和する=声に出して、みんなで読む」ために書いていなかったので、ちょっと読み上げにくい文章があったかなぁ、と。
会議でみなさんが読み上げるのを聞くたびに、みなさん、毎回ちょっとつまってしまう箇所がいくつかあって、(あ、ごめんなさい!)と。
Q: では、次に、クレドの浸透と運用についてお聞きします。
お。: はい。 開発以上に大事なところですね。
(つづく)
お。