お久しぶりでございます。 なんと前回のアップから3週間もあいてしまっていました。 年末年始、遊んでいたのか? はい、もちろんそれもございますが、実は大変にしつこい風邪をひいてしまいまして、何度もぶりかえし、12月は3週間ほど寝たり起きたりだったんですよ。 インフルエンザではありませんでしたが。
ともかく、本年もよろしくお願いいたします。 ぜひ、今まで同様、「ひまつぶし」としてご愛顧のほどお願いいたします。
2010年、新たな年の最初の記事、とか、考えるとプレッシャーなので、あんまり深く考えず、最近流れている広告で大好きなのを取り上げてみます。 大量に流れているので(関西だけじゃないですよね?)、みなさん御存知かと思いますが、一応。
Googleかな、とか思ってました? 違います。 (まぁ、あれも嫌いじゃないですよ。 すごくいいアイディアなんですがねぇ、ちょっと「考えさせ過ぎ」で見てて疲れます。)
もっと、ぼけ~~っと見てて楽しい、Glico歴史的名品「プッチンプリン」のTVCMです。
いい広告です。
これにタイトルを付けるとしたら?と、YouTubeを見てみたら、やはり「プッチン大統領」という名前をつけてらっしゃいますね、何人かの方が。 そうですよね。 それが、この広告の良さを物語っています。
(しかし、またしても英語に訳しにくい題材を選んでしまいました。 英語の練習に、と、始めた英語版ブログですが、これ、きっと「プッチンプリンとは何か」とか「プッチン・プッツン・切れる」も解説しないといけないんでしょうね、英語版では。 やれやれ。)
この広告には、いくつかの優れた点があります。 ちょっと理屈っぽいかも知れませんが、整理してみます。
まず、なんといっても、その製品のすごさ、そして、戦略的にも、そのすごさにちゃんと焦点を当てていること。
すごさ、それはすなわち、「プッチン」とやると、皿にぽてっと出てくる、あの楽しさです。 あれには、人を幸せにする力があります。
Glicoが、おそらく世界に、そして歴史に誇っていい大発明です。 (ホントにそう思ってますよ、ちなみに。 決してちゃかしているわけではありません。)
「駄菓子」(あえて、そう定義します)が持つべきもの、楽しい・おもしろい(&甘い)、を完全な形で体現している製品。
それを真正面からとらえ、広告の中心に据えている。 それがひとつ目のポイントですね。
そして、次のポイントは、その戦略をとてもうまくアイディア化していることです。
アイディアの構造そのものは、わりと単純なもので、「プッチン」とやることで雰囲気や流れが変化する、その変化の落差を表現の基軸にすることで「プッチンの力」を大きく見せる、というやり方です。
しいて説明するとすれば、「プッチンプリンのプッチンは、プッチン(ぷっつん)切れている人さえ瞬時に幸せな気持ちにしてしまう楽しさです」ということでしょうね。
そんなバカな、と思いながらも、あの快感・幸せを知っている人には「でも、そうなんだよねぇ、あれって」と思わせる、そういう力があります。
具体的表現も、なかなか良くできていますね。 あの「大統領」、きっと南米の(あの)大統領あたりをイメージしているんでしょう、誰もが持っている共通の幻想としての「事実」に基づいて作られていて、素直に笑えます。 表情やしぐさ、作り、フィルムの感じも素敵です。
しかも、以前、最初のころに記事にしましたが、「食べ物はおいしそうだから買うという当たり前」を、ちゃんとはずしていないところも、プロの仕事だなぁ、と思います。
ただ、大好きなだけに、「惜しい!」のは、あの瞬間、まさにカップの裏側を「プッチン」とやる瞬間が描かれていないんですよ。
賛否あると思います。 それは言わずもがなでしょう、とか、それ見せちゃったら「当たり前」過ぎ、とか、「つまらない予定調和だ」というつまらない意見も聞こえてきそうですね。
でも、私は見たい。
歴史的発明。 一回に一度しか味わえないあの快感。 あのために買うんですよ、プッチンプリンは。 たとえ、結局カップから直接食べることになってしまっても、買うときはあの瞬間を思い浮かべて買うんです。 その快感のために世の中に存在しているブランドなんです。
だから、私はその瞬間を見たい。
それを差し引いても、好きですけどね、かなり。
お。