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走れ1それは結構衝撃的なニュースだったので、思い出す人も多いと思います。

周回を数え間違えられてトラックに誘導された競歩の選手が、ゴールした後、倒れてしまって、結局失格になりました。 数年前の出来事ですね。 たぶん、北京オリンピックの前で、代表選手の選考を兼ねていたレースだったと記憶しています。 大阪陸上、かな?

きっと多くの人が、なんともやりきれない気持ちになったことだと思います。 もちろん、私も。

そして、「でも、一度ゴールしたと思ったら、もう走れないよなぁ。」と思ったのではないでしょうか。

久しぶりの記事の冒頭、なんでマーケティングじゃなくて競歩の話なの? もちろん、たとえ話としての導入なんですが、先日来考えていたことをうまく説明するのに、「走る」ことにたとえるとうまくいくかな、と思って。 しかも、もしかするとマーケティング以前の話かも。 ともかく、書き進めてみます。

長距離走で、ハーフマラソンだと言われて走ってて、例えば20km地点で、「ごめん、今日はフルマラソンだから」って言われたら、走れなくなるんじゃないでしょうか? 最初に「100kmマラソンです」ってわかってたら100km走れる人でも。

そんな大げさな話をしなくても、100m走るときの走り方と、5km走るときとは、素人でも違う走り方をするはずです。

たとえ陸上のエキスパートであっても、どうしようもないのは、ゴールがどこにあるのかわからないのに、「とにかく走れ」と言われることでしょう。

誰にでもわかる常識ですよね。


零細コンサルとして仕事をするようになって2年強、いろいろな会社や団体の方とお仕事をさせていただく機会ができて、先日の記事でもK。が1年を振り返っていましたが、ホントにいろんな経験をさせていただいて、楽しいですねぇ。 みなさんに知らないことをたくさん教えてもらえるし、私たちの考え方や発見を先方にお伝えして参考にしてもらって、で、結果、何かが出来上がると、とてもうれしいです。

しかし、いくつか「そうなの???」ということに出会うこともあり、それが新鮮な発見ならいいんですが、「おいおい!」と思うこともあり。

その「おいおい!」のひとつ。 世の中には案外、「ゴール(あるいはビジョン)」と「戦略」が決まっていない組織や仕事がたくさんあるのだ、ということです。

しかも、ときどき、そもそもそういう概念が存在していないことがある。

多くの場合、「予算」(短期的に目標とする数字のことのようです、それをなぜ日本語で予算というのか、私にはかなりの謎)と「プラン」は存在するみたいなんですが。

不思議です。 冒頭の「走れと言われても、どのくらいの距離をどのくらいの時間で走るのかを決めないと走れない」は常識なのに、ビジネスの世界で「ともかく走れ」、あるいは、「ともかくそっちに向かって進んでいればなんとかなるだろう」が通じるなんて。

ゴールがわかっていないのに、走り続けることはできないし、走り方も決められないし、そもそも走れるのかもわからない。 だから、「走れ」とだけ言われたら、誰も走らないか、あるいは、すぐにみんな倒れてしまうことは明白。 「とりあえず走ってみる」じゃ、それが正しいのか、それによって出た結果が妥当なのかもわからない。 はずなのに。

とても頭のいい人たちが集まって、一生懸命働いて、結果を出し続けていかなければならないビジネスの世界で、なぜそんなバカなことがありえるのか。

「ともかく全力で走り続ければなんとかなる」という精神、とか、「がんばらせることでなんとかする」という組織運営・人事管理上のカルチャー、とか、いろいろとあるんでしょうが、そのあたりは私には関係ない分野なので、放っておくとして、マーケティングに関わる範囲で考えてみます。


まずは、ゴールの設定、あるいは、達成可能な夢、について。

コンサルをしていると、当たり前ですが、たいていのお客様は「困っている」からいらっしゃいます。 「これはどっちがいいですか?」とか「この場合、次はどうしたらいいですか?」レベルから、「すいません、途方に暮れています」レベルまでいろいろと。

その時に、(そのままの質問をするかどうかは別として)必ず聞くのが「あなたはこのブランド・商品・サービス、カテゴリのユーザーを最終的に・長期的にどうしたいんですか?」ということです。 そのとき、驚くほど多くの方が、(言葉こそ違え)「なんでもいいから伸ばしたい」とお答えになります。 いつのどの状態に対して、どの程度伸ばしたいのか、その結果どうなるのか、を聞くと、「昨対で5%伸ばせといわれているんですが、今、-8%です」と。

私が聞きたい答えは、例えば「カテゴリのNo.1になりたい」とか、「20XX年までに、X万人の方にXXな経験をしてほしい」とか、「あとX%売り上げを伸ばして、出た利益でXXセグメントに参入を果たしたい」とか、または「日本の大多数の女性にXXであることは素敵なことだと認識させたい」とか、そういうことなんですが、これが出てこないんです。

それに対して、「今、私たちはここにいます、ここでもがいてます」というのを教えていただけると、ものすごく仕事に取り組みやすいし、やる気も出るってもんなんですが。

「予算」っていうんですか、短期的なビジネス上での数値目標が大事なものであることは、私もビジネスの世界(ぬるい世界だったかも、ですが)に長くいたので、よくわかります。 会社や株主や銀行と約束したことを守ることはとても大切なことです。 もちろん、なんとかしないといけない。 万一できないなら、できない理由・原因と代わりにできることをちゃんと話さないといけない。 (説明責任とかって言うんですよね、確か。 いつの間にかすっかり「日本語」になりましたね。)

しかし、だからといって、夢を、ゴールを語れない、では困ると思うんです。

なぜなら、それは「ただひたすら走る」ことにつながってしまうから。

人は、金のために金を儲けようと必死になる人のことを「金の亡者」と呼んで嫌うのに、数字のために数字を追うビジネスパーソンになってたりする、わけですよ。

夢のないマーケッターには売れない、夢を売らないブランドは売れない、と私は信じています。 信じているだけではなく、そうだったという経験を、プラスもマイナスもしてきたうえで。

ここで言う「夢」とは、夢物語というときの夢ではなく、どちらかというとビジョンという言葉に近いのですが、達成可能なゴールの向こうに見える景色、そのときブランドはユーザーは世の中はどうなってるはずか、みたいなことですね。

それをビジネスリーダーが示してくれたとき、走る気になる・走りたくなるし、そこまでいくのなら、どのように走ればいいか、しっかり考えることができる。

しかし、どうも、とても魅力的あるいは意義があって、十分に達成可能で、存分に手ごたえのありそうなゴールの設定は、マーケティングにとって必須なのだというのは、常識ではないようですね。

きっと右肩上がりの成長の中にいて、常に隣にいる競合よりも優れていて安いものを作って世の中に送りこめば良かった「やすものづくり」時代の遺物なのかも知れませんが、「予算」と呼ばれる、根拠のない辻褄合わせだけの数値目標に向かって「がんばって」走るのは、そろそろやめないと、みなさん、疲れ切ってしまうんじゃないかと思います。 きっと今や中国人のほうが走るだけなら速いし、しかも向こうはリレーできる選手の数が桁違いなので。

次は、戦略の創造について考えてみますね。

お。

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振り返って11月でえとじやに入社して2年目を迎えました。 仕事を始める前はどんなことが待ち受けているのか、期待と不安のスタートでしたが、始めてみるといろんな業種のいろんな方とお会いでき、とても楽しくお仕事できました。
そんな中で、へえー、なるほど、うーん、と思うこともさまざまありました。 前例(? お。さんの「1年を振り返って、7つの驚き。」ですね)にならって書いてみようと思います。 7つにしたかったのですが、6つで。

1.業界さまざま、商品さまざま、でも大事なことは同じ。

この一年で、一番確信できたのがこれです。 いろんな業種のビジネスを少しずつ勉強させてもらいましたが、結局本質的な、大事なことはどこでも同じなんだな、という理解ができました。 これは嬉しかったです。


2.皆さん、優しい。 そして共感がある。

「これは、米系大手外資の弊害なのかも知れませんが、前職では、みなさん常に「戦闘モード」で会話しますし・・・」と去年お。さんが述べていますが、本当にそうで、ミーティングの後にはぐったりとして甘いものをばくばく食べる、なんていうこともありました。 が、この一年間、もちろん外部の人間、ということもあるかもしれませんが、皆さん優しい。

社内外問わず、お互いが非常に協力的で、「そうなんだよね」ってみんなで共感できる場面が多々あり、これは働く上で大きなモチベーションになりました。

3.共感できる分、気をつけないと・・・

ただ、共感が時折、ナーナー(ってカタカナ?)になったり、本当は細かく突っ込んで議論するべきところが、そのままになったりする場面も見受けられました。
お互い分かったつもり、だったり、わかったふりをしていたり。 でも聞いてみると他の人の反応をうかがいながら、無難な回答ばかり。 さらに突っ込むと答えはばらばら。 これは注意が必要です。

前職時代は上司や関係者が外国人だったりして、日本人の阿吽の呼吸がまるでないので、「なんでそんなことまで?」っていう細部の説明を求められ、つらかったのですが、今思えばあの作業でかなりの部分まで言語化して落とし込め、それが共有化できていたんですね。

4.「先生に教わる」の学習モデル

日本人はやはり学校で先生から勉強を教わる、という学習モデルで育っているんだなあ、と再確認。 1)教科書が必要、2)理論から入る、3)先生の話していることに異論ははさまない、4)自分の考えは間違っているかもしれないので、(特に自分よりよく知っているであろうと思われる人がいる前では)みんなの前で自分の考えは出さない。 でも実は意見はある。

今の仕事になってから、クライアントさんの前でプレゼンやセミナーをさせていただく機会が多くなりましたが、最初は反応が悪いのにちょっと不安を覚えていたりしました。 が、終了後のアンケートでは「とてもよかった」と書いていてもらったり。 なので、見た目の反応と実際の反応は違う、この学習モデルに合わせて構成が必要、というのが学びでした。

でも、もっとインタラクティブに参加してもらったほうがいいんだけどな。 こちらのファシリテーション能力を上げることも重要ですね。

5.製品への愛と客観性の両立

皆さん自分の携わる製品について伺うと、いろんな形で製品への愛情を語ってくれます。 本当に誠実に、まっすぐに取り組んでおられるので、製品知識はもちろん、開発に関わるエピソードなどもたくさん出てきます。 カレーを作っている人に話を聞いた時は、自分もカレーをかき混ぜている気分になれました。

ただ、その製品が市場に出たときに、どう見えているのか、どう受け取られているのか、という少し引いて見た、客観性はある程度持っておくといいんでしょうね。 よくあるのが、「これだけ一生懸命作っているんだから、お客さんも理解しているはず」という思い込み。

時としてこの思い込みが間違った戦略設定になることもあるようです。

「こんなにおいしいカレーなのに売れないなんて。もっとおいしくしなければ!」←そんなにおいしいって、まだ気づいていない人が多いだけかもしれません。

6.無駄な調査

調査に関わっている私からするとすごく残念なのですが、どうやら無駄な調査が世の中にはたくさんある気がします。

調査会社にすすめられ、型にはまったありきたりの調査をなんとなくやって、どう使うかわからず、結局「ふ~ん」と言って終わり。

もしくは、コンセプトテストなど製品に対しての評価をやたらとたくさんやっているケース。 たくさんテストしてどれかあたればいいなと神頼み。 これまた無駄。

書き出すと長くなるので、ここでは触れるだけにしますが、調査の役割は、会社のビルの中からはわからない、お客さまのインサイトを理解し、それをビジネスにつなげること。 目的に合った、柔軟なリサーチが、必要最低限行われるべきです。 これを改善するのがいわば私の仕事なので、自分ががんばらないといけないのですが。

K。

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TVNutきっとfacebookか、個人のブログに書くようなことなんでしょうが、ちょっとこっちに書いてみます。

写真の変な置きもの、この度、オフィスが整ったので、デスクに置くことにしました。

「TV Nut=テレビを見るナット」です。


23年とちょっと前、大学を出て、在阪弱小(当時)外資消費財メーカーの新入社員だった私は、研修を終えて大阪に帰る直前の旅行で立ち寄ったニューヨークの道端でこれを買いました。

広告を作る仕事に携わりたくて、あちこち就職活動をしてみたものの、D2さんやHH堂さんはもとより、あらゆる広告代理店に蹴られ、メーカーもどこも散々で、まぁ、大阪だけど他に行くとこないし、赤字垂れ流し外資とはいえ、すぐに撤退はしないだろうし、部署別採用だったのでマーケティングの仕事ができるんなら、いつか広告を作らせてもらえる日もくるだろうし、と、その会社に入りました。

で、まぁ、「初心忘るべからず」と誓ったわけでもないのですが、これを見つけた時、デスクに飾っておいたらかわいいかな、と思って、数ドルで買ったものです。

その後、ずっとデスクに置いていて、そういえば、阪神大震災で神戸のオフィスが閉鎖になったときも、「必要最小限の資料だけ持ってくるように」と言われて、がれきを乗り越えて資料集めに行ってくれた部下に、なんと、これを持ってきてもらって仮オフィスに飾っていました。 (どう考えてもふざけた話ですが。)

その後、新しい部署を立ち上げたとき、まさに広告ばっかりの仕事に移ったわけですから、もちろんこいつを持って異動しました。

3年前、会社を去るときにも、ほとんどの持ち物はあっさり処分したけれど、こいつは家に持って帰りましたね。 なんとなく、ね。 さすがに20年以上も一緒にいたし。

今の仕事を始めてからも、家で仕事をしていたので、リビングのスピーカの上に置いていました。
で、今度はオフィスに引っ越していただいた、というわけです。


今はもうTV広告の仕事に関わることなんてないんですが、(いえいえ、クライアントが望めば、いくらでもやりますよ、もちろん。 どちらかと言えば、かなり得意なほうなんで。)、なんとなく「初心」というか、自分は何をしたかったんだっけなぁ、とか。 普段、そんなこと思いもしないのですが、今回、TV Nut君にお引っ越しいただいたときは、ちょっと考えました。

TV広告を作るかどうかは別として、マーケティングと言う、テレビや雑誌や、あるいはパッケージやお店の向こう側にいるお客さんに、見てもらい選んでもらい好きになってもらう仕事を、そういえば、そういうことがしたくて就職したのだし、なんとなくそればっかりをやってきたし、結局、それを今でも(細々と)続けているわけなんだなぁ、んで、全然飽きないなぁ、案外、幸せな状態なのかもしれないなぁ、と。


てなことを考えてみた、という、それだけのお話でした。

お。

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追記くだんのTVCMの続編ががんがん流れ始めたので(・・・)追記をあげるのではなく、実はTwitterでidouble kさんからコメントをいただきまして。 ひとつ前の、「だいまつみらう~す」の記事について「書かれている事は理解できるんだけど、何がダメか書いて欲しかった。」と。 加えて、idouble kさんは「正しくない商品名を言わせて、なかなか大胆なCMだなぁと、印象に残り、第3のエコカーを知ったので、特に不快ではなかったので。」とも。

まず、後半の意見ですが、それならば、まさに作り手の意図通りの反応ですので、関わった方々はよろこんでいると思います。 快・不快については、かなり個人的な感想ですので、私にはとっても不快だけれども、見る人によって、そうは思わない、ということで、とりあえず突っ込まないことにします。 誰がターゲットなのかさっぱりわからないので、何とも言えないのですが、主たるターゲットとなる人やその人に影響力を持っている人に強い不快感を抱かせていたとすると問題ですが、それもここではこれ以上の議論の材料はないですね。

「意図通り」については、まさに「自虐」の手法なんだと思いますが、idouble kさんが感じ、理解し、行動した通りの、自虐の手法のおもしろさにひかれて、答えである「第3のエコカー」の存在と意義にいきつく、という仕掛けなんでしょう。

私が前の記事で「マーケッターの仕事・クリエイティビティー」として採り上げた問題は、広告の表現手法の問題ではなく、広告を何度見ても、「そもそもこの車、何ができて何にいいのか、さっぱりわからない、いったい誰に買ってほしいのだろう?」ということです。

「いやいや、リッター30kmって言ってるじゃない」とおっしゃるかも知れません。

でも、それって単なる事実(機能やスペック)ですよね。 だから、何がどうしたの? です。 車が好き、あるいは、燃費を常に考えている人には、納得のいく事実なのかも知れませんが、多くの人にとっては、それが自分にとってどんな意味があるのか考えない限り意味のない数字です。

「第3のエコカー」にしても、なかなか粋な名前だと思いますが、それって何だろう? と考えたり調べたりしない限り、何のことかさっぱりです。 意味がわかると、へ~なるほど、なんですが、ちょっと難しすぎます。

ベネフィット、とか、便益とか言ったりしますが、この製品を買う可能性のある人にとって、どんないいことがあるのか、それが決定的に欠けていると思ったので、前の記事になった、というわけです。

電池+燃料車や電池車を買おうとしている、あるいは、だいぶ前に買って買い替えを考えている、おそらく燃費を数字で語られても実感できる人に、「冷静に比べてよ、こっちのほうが(安いし)燃費もいいよ」といいたいのか。

単に「燃費がいいので、維持費がかからずお得よ」というのであれば、すでに軽自動車の購入か買い替えを考えている人がターゲットですね。

車は動けばいいし、変な罪悪感なく安い車に乗りたい、という人なら、「ガソリン消費はそんじょそこらのエコカーに負けないし、安いよ」かも知れません。

あるいは、「エコカー」なんであれば、「地球の、将来のことを考えるなら」だったり、「こっちのほうが、実はエコだよ、賢い人はこっち選ぶよね」かも知れないし、「ちゃんとエコのこと考えてあえて軽自動車選んでる(かっこいい)人に見えますよ」ってのもあるかも知れません。

単純に、「エコを考えた時、3つ目の選択肢ができました」ってのも、考えられるかも。

(ちなみに、これらのことを、広告で「ちゃんと言葉で言っているか」ということを問題視しているわけではありません。 伝えようとしているか、ということです。 私がこの広告を見る限り、「ないよなぁ~」でした。)

こうした、ターゲットを決め、その人に合った「何がいいのか」を見つけるのが、マーケッターの仕事なんだけどなぁ、というのが、前回のぼやきだったわけです。

これを決めてあげれば、あれだけお金があるんですから、クリエーターたちがよってたかって楽しい広告を作ってくれます。

さてさて、この「それは事実か、ベネフィットか」というのは、実はかなり「解釈の問題」で、議論が分かれるところ。 行きすぎるとスカ食らいます。 実際に私も日々の仕事で、「どこらへんがちょうどいいベネフィットなのか」については、いつも悩んでます。 それを、「このへんだよな~」って決めるのは、結構どきどきする仕事。 でも、そこがマーケティングのおもしろさのひとつなんです。

お。

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だいまつここにきて急に見なくなりました? あの「だいまつみらう~す」のコマーシャル。 終わったんだとすれば、ほっとしますが。

予定の放映分が終わったのか、あるいは、あまりの苦情にストップしたのか。

(そんなわけはないか。)

でも、私はすごく嫌いです。 うるさいし、意味がよくわからないし、しかも、テレビをつけていると見ないでは済まされない量が流れてるし、まさにAnnoyingというやつで。

と、Twitterとfacebookでつぶやいたら、「どうしてああいうことになっちゃうんでしょう?」という質問をいただきました。

もちろん私は内実を全く知らないので、「企業の意気込み・気合いと、莫大な予算と、それに群がる広告業界がそろうと、よくああいうことが起こります」とだけ答えておきました。

壮大な気合いの空回り。

当たらずとも遠からずだと思いますが。

規模はあんなに大きくありませんが、私自身も似たような経験は多々あります。 売り手の気合いの空回り。 「あ~あ、やっちゃた・・・」って。

ターゲットの設定(または設定していないこと)から、製品・サービスが何をしてくれるものなのかの明確化、マーケティング上でのねらい、広告のアイディア、広告表現の手法、などなど、「あらあら」と思わざるを得ないことが盛りだくさんなんですが、それらをひとつひとつあげつらってみても仕方ないので、今日はその中からひとつだけ、マーケッターが、そのクリエイティビティーを発揮しなければならなかったのに、しなかった、できなかった、あるいは、してたのに経営陣などに無視された、ことについて少し考えてみましょう。

クリエイティビティー。 特に今、ジョブスさんの言葉や考えなどがあちこちで話題になっていて、彼の、いろいろな刺激や示唆に富んだ話を聞いていると、「あ~、でも、私は天才じゃぁないんでね・・・」とため息も出たりしますが、「そうか、そういうことでいいんだ」と勇気づけられることもあり。

マーケティングの一連の流れの中で、広告やデザイン、あるいは製品の開発などに携わる人にとってのクリエイティビティーというのは、見えたり聞こえたり、形があるものが多いので、イメージしやすいのかも知れませんが、マーケッターにとってのクリエイティビティーは少し見えづらいものがあります。

なので(か、どうかはわかりませんが)、すっ飛ばしてしまったり、忘れられてしまったり、さぼってしまったりするんじゃないでしょうか。

マーケッターがクリエイティビティーを発揮すべき場所、とは、戦略を立てること、です。

クリエイティブな戦略。

世にブルーオーシャンとか呼ばれているものは、その典型的なものでしょうね。

そこまでいかなくても、「へ~、なるほどねぇ、そういう風に考えたことはなかったけど、言われてみればその通りだよね」と、ターゲットの人たちが合点がいき、納得し、あるいは感動する戦略・コンセプト・考え方・見方を開発することこそが、マーケッターと呼ばれる、その人自身は何も生産しない、会社にとって無駄とも思われる人たちがすべき大切な仕事です。

言い換えれば、それにつながるインサイトを開発すること。

そのためには、ブランドやモノに関わるあらゆることを知っていなくてはならないでしょうが、中でも大切なもの。 それはターゲットのひとたちの生活や考え方・感じ方を熟知し、そこから「発見を紡ぎ出すこと」、変な日本語ですが、これがマーケッターの洞察力=想像力と創造力(いやん、ダジャレね)です。

「第3のエコカー=考えてみれば、電池なんか積んでなくたって、電池と燃料を積んでいる車と同じくらいの燃費を、ガソリンで達成してしまえば、それはちゃんとエコカーだよね」という発想は、それ自身、とてもクリエイティブな概念だと思います。 もしかすると、複雑な機械を満載している大きな車を作るために排出してしまう二酸化炭素の総量も含めて比較すると、少なくとも短期的には、電池と燃料、あるいは、電池だけの車たちよりエコかも知れない。

会社として、あるいは、技術者として、あるいは、社会的価値において、これは、とてもクリエイティブですよね。 そりゃあ、会社は盛り上がるわけですよ。 「私たち、すごいよね!」って。

しかし、マーケティングに関わる人は、そこで止まってしまってはいけない。

でないと、「よし、あとは、有名人使って、がんがん名前を連呼すれば、社会が買ってくれる」みたいなことになってしまうわけです。

誰に買ってもらわないといけないんだっけ? 国民? まさか・・・。

もっともっと限定された、でも、十分に大きなグループのはずです。

それが誰なのか、どんな人たちなのか、何を考え、感じて生活している人なのか、そこからどんな発見を紡ぎ出せるのか=どんなインサイトを作りだすことができるのか、そして、その人たちに「ほ~~~、そうか、そうだね」と言ってもらえる戦略・コンセプトは何なのか。

これをやっておけば、あとは周りの人たちがうまくやってくれます。

そんなことはわかってるよ、そうはいかないことがあるんだよ。 という関係者のつぶやきが聞こえてきそうですね。

きっと、このプロジェクトの、あまりの大きさ=会社の期待、の中で、例えば、よくわかってない重役がしゃしゃり出てきたり、あるいは、「もしかして、これはやっぱり『国民』が買ってくれるんじゃないの? ターゲットなんか限定したらだめだよ」というような下心が噴出したり、とか、その辺も全部ちゃんと作ってオリエンしたのに無視された、とか、いろいろあったんでしょう。 「だいまつみらう~す」以外の広告も、どれもひどいものばかりですもんね、「第3のエコカー」は。

あの会社、他の車種のコンセプトやデザイン、あるいは広告は、良くできているものが多いので、きっとちゃんとやればちゃんとできるはずですから、無関係な私がごちゃごちゃいうことではないですね、はい。

ただ、マーケティングに携わる人にとって、とてもいいレッスンだと思ったもので、つい。

失礼しました。

お。

プロフィール
  • お。(岡本 晋介) (プロフィール)
    えとじや店主。マーケティング一筋23年。世の中の様々な問題を「ブランド・マーケティング」で解決する腕利きコンサルになるのが夢。なかなか、そうはいきませんが。 ともかく、マーケティングに関わることはなんでも相談に乗ります。スノーボードと音楽が趣味ですが、「うんちく」と「説教」も大好きです。
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  • K。(村雲 圭)
    (プロフィール)
    えとじや番頭。消費者リサーチ歴10年。市場や消費者を理解することで、ブランドが強くなり商品が売れる、という経験を何度も味わってきました。 調査をどうやったらいいのかわからない、結果を見てもどう使っていいかわからない、そんなときにはぜひご相談ください。
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