facebook えとじや follow me okamoto follow me murakumo
この記事をクリップ!

皆さん、調査、やってはみたけれども役に立たなかった、という経験はありませんか?

実はこれ、残念ながら大変よく耳にする話で、会社によっては「調査なんて当てにならん! するな!」というところも少なくないようです。

よくあるパターンはいくつかあるのですが、これまで定性調査については書く機会がありましたので、今回から「役に立たない定量調査」と題し、

① 製品・コンセプト開発調査

② 市場実態把握のための調査(CS、定点、習慣など)

③ 代理店・調査会社おまかせの調査

について、例を挙げていきたいと思います。

今日はから、久々登場の洗剤開発Aさんにがんばって紹介してもらいましょう。


*********************************

洗濯用洗剤を開発しているAさん、相変わらず「一本で部分洗いも兼用できるスーパー洗剤 X」を担当しています。 (Aさんの「物語」は、私の過去記事をさかのぼってください。 冒頭の似顔絵アイコンをクリックすると記事が出ます。)

コンセプトがある程度固まったので、今はパッケージデザインに従事しています。 デザインを決めないといけない時期がどんどん押し迫り、焦るAさん。 2通りのデザインの方向性を考えてみました。

  定量1図
デザインの方向性は来週中に決めないといけません。 そこでAさんはインターネットで調査をして、どちらがよいか、調べることにしました。

調査デザインは至ってシンプル。 100人の主婦にPとQを見てもらい、それぞれ使用意向、デザインが好きかどうか、商品イメージについての設問を尋ねました。

結果は次の通り。
 


  定量1表
これを見たAさん、それぞれ良し悪しがあるので悩みましたが、最終的には使用意向が高いPの方向に進もうと、結果をもって部長の所に報告に行きました。

Aさん: 「結果がでました。 使用意向が高いし、汚れ落ちのイメージのよいPに進もうと思います。」

部長: 「うーん、使用意向が高いと言っても大してかわらないなあ。 それよりは好きだという人がQの方が多いぞ。 最近は洗剤もかわいらしいパッケージのものが流行っているし、ピンクの方がいいんじゃないか?」

Aさん: 「なるほど、そうですね・・・。 確かにピンクのパッケージはかわいいというコメントが多かったので気にはなっていたんです・・・。 PとQのいいとこどりをしたらいいですね、きっと。 やってみます!」

***********************************

この後Aさんのパッケージはどうなるでしょうか? ・・・恐らく失敗作になります。

これ、実は本当によく見るパターンです。この調査の問題点をまとめます。

どういう結果が出たら、どちらの方向にするのか、結果を読む際の判断基準が明確でない。

Aさんは結果が出てから総合的に見て判断したら良い、と思っていたようです。 最終的には使用意向と汚れ落ちについての評価を判断基準に選びましたが、これは事前に決めておくべきものです。 新しいパッケージデザインが何を目的としているのか、それを達成しうるものなのか、それが評価の判断基準となります。

消費財の場合では、新しいものがより売れるためにデザインを作るわけですから使用もしくは購入意向はまず必ず確認するべきですし、もし、よく落ちる、というブランドイメージを強化したいならそれも基準になるはずです。

この場合の基準は次の通りです。 これは調査の企画・設計書に明記されているべきでしょう。
  ―使用意向が高いこと。 かつ汚れ落ちがよいというイメージを与えていること。
  ―その他は参照データとするが、改善ポイントを理解する助けとする。

ただし、この調査の場合、PとQで比較していますが、PもQもよくない、ということもあります。 その場合は、参考になりそうな既存品や競合品をベンチマークとして入れる必要があり、それも評価基準にはいる必要があります。

判断基準が社内で事前に共有されていない

判断基準が事前に設定されていたとしても、それが主要関係者に共有されていないとややこしいことになります。

この例での部長さんの言葉に現れているように、データの受け取り方は人それぞれです。 10人中10人が「これだ!」と気持ちよく同意できるデータが出ればよいですが、実際にはなかなかそうはいきません。 後になって意見が割れたり、「ピンクの方がいいんじゃないか」といった"個人的な感想"が入ってくると、収拾がつきません。

それぞれの案について、どの部分が強いのか、また弱いのかという仮説がなく、調査結果から想像するしかない。

PとQのいいとこどり・・・これこそよくあるパターンです。 確かによさそうなのですが、まずPとQの何がどうしてよかったのか、また、無くしてはいけないポイントが何なのかを本当に理解できているのでしょうか。 今回は急ぐあまりに定性理解が欠けており、各デザインの"評価"しかありません。いいとこどり、はあくまでAさんが考えるいいところ、であり、それが本当によいのかは実はわかりません。

もう一つ、特にデザインについては、いいとこどりは非常に難しいです。 Aさんのケースですと、ピンクの背景に、「一本でもしっかり落ちる」という売り文句をかわいらしく書く、というようになりがちです。 が、実は青い色や力強い字体が洗浄力のイメージを強化していたりするのです。 結果、いいとこどりのはずが、元の良さが全くなくなってしまうことも少なくありません。

***********************************

製品・コンセプト開発における定量調査は、何のためにするのでしょうか。

多くはアイデアや製品の絞り込み、もしくは発売するのに十分かどうか、という評価・判断です。 その判断が明確に、速やかにできるよう、調査は設計されているべきです。 また、結果がよくとも悪くとも、なぜそのような結果になったのか、推測ではなく根拠を持って説明ができるべきです。 そうすると、調査を急いでやったのに、社内議論の方が長引いた、テストではいい結果だと思ったのに売れなかった、(やっぱり調査は役に立たない)ということが避けられるように思います。

ついで、ですが、よくメーカーの担当者さんが分析や社内プレゼン用に必要なデータをかなり時間かけて自ら加工されている姿を目にします。 仮説を作りながら試行錯誤していたり、時間がギリギリだったりと結局大変なのですよね。

仮説と判断基準、判断に必要な分析プランが事前に設定できれば、予め必要最低限のデータ集計を調査会社さんに用意してもらうこともできるはず。

定量調査に振り回されることなく、正しいビジネス判断をするためのツールとして使いこなしてくださいね!

K。

この記事をクリップ!

認知マーケティング、という、誤解にまみれた怪しい言葉が犯してきた罪は、数え上げればきりがない。 それを看板に上げている私としては、その誤解をほぐしながら「実はこういうことなんですよ」と説いては稼ぎ、稼いでは説く毎日なわけです。 罪も多いですが、もちろん功も多いわけで。

さて、そんな中で、「これは確かに罪だよなぁ~」と思っていることのひとつ、「認知・認知率の罪」について書いてみます。


認知、つまり「知っている・聞いたことがある」という人が増えると、やがて「試してみたい・使ってみたい・調べてみたい・評判を聞いてみたい」という人が増えていき、すると自然と「買ってみたい」という人が増えていくので「売れる」。

AIXXXとかAI~~とか、大手代理店がでっちあげた提唱している、かしこそうなのも含めていろいろなモデルがありますが、今昔様々なモデルが基本この構造でマーケティングの効果を語ってきました。

きっと学問的に間違ってはいないのだと思います。 そして何より、(巨)大企業の(巨)大ブランドが行う、巨額の投資を前提とした戦略としては、非常にわかりやすいモデルです。 ましてや、テレビCMなど、「ちまちま考えてるより、ともかくばらまけば当たるだろう」的なお金の遣い方が可能な、いわゆる「札束マスマーケティング」の場合はそれでいいのだと思います。

しかし、これが、私としては、どうもしっくりこない。

何をどう伝えれば、良さをわかってもらって買ってもらえるのか、を考える立場として、また、札束で客(や競合)を殴り倒すようなタイプのマスマーケティングが大嫌いな私にとって、そして、

マーケティングの不必要な小難しさを取り去って、生活感覚・実感レベルで理解して、んで、そいつを使いこなそう、をモットーとしている私にとって、この「知らされた」から、やがて「使ってみたくなる」というのは、どうしてもうそくさく感じてしまうんです。

「知った」状態でしばらくすると「使いたく」なります? 私はなりません。

私の実感レベルとしては、「すごそうだ・素敵だ・おもしろそうだ」から「使ってみたい」が先にあって、初めて「じゃぁ、もう少し知ってみよう、あなたは誰ですか?」だと思うんですよ。 違いますかね?


世の中でよく言われる・聞かれる言葉に「目的と手段の取り違え」っていうのがありますよね。 「そういうのが間違いのもとなんだ」的に使われる言葉です。

しかし、実はこいつはそれほど大きな問題ではないんだと思っています。 目的さえ見失わなければ、手段の実現に傾注するのは、組織的に仕事をしていくうえでとても効率がいいし、手段の選択が正しければ、たいていいい方向に進むわけで、そこのプランニングをちゃんとやっておけばいいわけです。

問題なのは、「目的・目標と測定結果の取り違え」なのではないか、と。

例えば、「緊急車両の通行をスムーズにするために、幹線道路の違法駐車を減らす」という目的と手段の組み合わせは間違っていない。 目的さえ理解していれば手段に注力して、幹線道路の渋滞を短期的に減らせればいいわけで、道路の拡幅工事はもっと時間をかけてやればいいわけです。

しかし、それを「駐車違反の取り締まりを強化して、検挙(って言うんでしたっけ?)件数を昨年の2倍にしよう」に置き換えて、それを目標にしてしまったときに、目的と行動のかい離の大きな一歩が踏み出されるわけです。 「君、今月はちゃんと前年の2倍を達成したかね? 何、まだだと? 最近違法駐車が少ない? じゃ他の道路でもなんでもいいからともかく取ってきて、目標を達成したまえ!」とかね。

たとえ話が長くなってしまいました。

つまり、何が言いたいのかというと、マーケティングの活動には、「より多くの人に使ってもらいたい・買ってもらいたい」という目的があって、「認知・認知率」というのは、その活動の効果を測定する指標に過ぎない、はずなのに、数字で出てきてしまうがために、あたかもそれを上げることが目的・目標になってしまう。 確かに、ほとんどの場合、認知率のほうが使用率よりもずっと高いし、このふたつの数字は一緒に上がったり下がったりするので、余計にそう思うわけです。

ここで、「目的と測定数値の取り違え」が起きる。

ごくごく自然な流れとして、「まず知ってもらうことだ!」という行動に結びつく。 ましてや、メディアを担当している人と、広告を制作する人、販売などのチャネルを担当している人、売り上げや利益を管理している人が別々だったり別組織だったり、別の会社だったりすると、さらにひどくなったりする。

「認知率はちゃんとあげてやったのに使用率が上がらない・売り上げに結び付かないのは、流通担当がさぼってたからだ、私(たち)のせいじゃないよ~だ。」

(そういう人がたくさんいるんですよ、ホントに・・・。)

これがさらに罪なのは、やがてこの考え方がコミュニケーションの中味にまで悪影響を与えるから。

「知ってもらう、認知を上げるのが目的なんだから、ともかく名前を憶えてもらえばいいんだ(もらいさえすればいいんだ)!」

その結果、くだらない、何をいいたいのか、何をしてくれてどんないいことがあるのか、皆目分からないゴミみたいな広告とかができあがったりします。 得するのは大手代理店とその周辺の人たちだけ。

自分のいいところに興味をもってもらって、できれば試してもらいたい。 そう思って作って、いいものができたとき、そしてそれを世の中に出していったとき、「結果として」認知率という数値が上昇する、ということなんであって、認知率を上げることが仕事ではない。

仕事の結果を測定する指標ではあっても。

私はそう思って仕事していますが。

では、どうすればいいのか?

まず、ブリーフやオリエン、ビジネス文書に、「認知率を飛躍的に向上する」なんて難しい言葉を並べて仕事した気になるのをやめて、普通の言葉で正直に書けばいいんだと思います。

「より多くのお客様に、何がいいのかわかってもらって、使ってみたいと思ってもらいたいです。」

当たり前のこと、言うまでもないことだ、とお思いかも知れませんが、こう書いてあるオリエンシートがきたら、受注側やクリエーターは腕まくりしまっせ。

お。

追記: すでに高い認知率を達成している商品やサービスを担当されている方に、誤解のないように付け加えておきますが、その場合の高い認知率は「財産」ですので、大切に使ってください。 いい仕事(あるいは大量の投資)の積み重ねの結果です。 その質をさらに高いものにしていけばいいので、これを読んで、「ああ、どうでもいいんだ」と捨ててしまわないでくださいね。

この記事をクリップ!

過去記事6ここしばらく、セミナーやコンサルで、この話をすることが多いので、じゃぁ、この「過去記事」コーナーで再紹介しておこうかな、と。


前職、ほとんどが女性をターゲットにしたブランドの仕事だったので、その20年余の経験をベースにまとめたものです。 結構、私としては「奥義」みたいなところがあって、ブログでばらしてる場合か?と思いつつ、でも、こうやってまとめたことはなかったので。 書くのも楽しかったですね、調子に乗って5つも書いてしまいました。

実は男女でも、原則に違いはないし、女性であってもひとそれぞれなので、これが「ルール」というわけではなく、傾向として理解しておくと便利な「こつ」くらいのつもりです。

ただ、メーカーとかの仕事をしていると、ビジネスと競争の世界で、ハードな技術やスペックに対するこだわりや執着が強くなるのは誰でも同じで、しかもそれはとても重要な仕事なわけですが、お客さんを相手にするときは、その頭をちょっと切り替えないと、話が通じないんですね。 そういう「通訳」のための「こつ」ということも言えるかも知れません。

ちょっとわかりにくかったり、くどかったりするかも、ですが、よかったら。

女性にお金をはらってもらうということ 1 - 何をしてくれるのか

人は、特に女性は自分の身に起こるうれしいこと=ベネフィットを買うんですよ、というお話。

女性にお金をはらってもらうということ 2 - やっぱり、何をしてくれるのか

ベネフィットの続き。 スキンケアなどで原材料名が果たしている役割みたいな話です。

女性にお金をはらってもらうということ 3 - 女の子は欲張り?

女性にお金をはらってもらうということ 4 - 欲張りな3つのお願い

では、ベネフィットをひとつだけ伝えればそれでいいのか? 通常、広告などマーケティングのコミュニケーションでは、ひとつのことを伝えるのが一番効果的だ、と言われているんですが、実はそれだけではないんじゃないかな、というお話。 ハートとマインドとセンス、です。

女性にお金をはらってもらうということ 5 - 「いいわけ」

最後は、「買う・買わない」を決める大切な要素=「いいわけ」について。 通常、マーケティングのコミュニケーションでは、1~2で話したようにベネフィットが最も重要だと言われています。 それに間違いはないんですが、「買わない」を決めている要素があって、それを取り除いてあげましょう、というお話です。

お。

この記事をクリップ!

うそちょっと大げさなタイトルだったかな。

誇大広告とか誤認を与えるとかそういう難しい話ではなく、「やさしいうそ」の話です。

メーカーで広告の仕事をしていたころ、見てくれている人に少しでも「そうだよね、そういうことあるよね」とか「あぁ、私もそれで困ってたのよ」とか「そうそう、そういうのがかわいいんよ」とか思ってほしくて、随分とリサーチをしたり、マーケティングの担当者や代理店の仲間たちと議論したりしたものです。

TVの広告ともなると、かかるお金が半端じゃないので、当然失敗を避けたいし、でも、大成功もしてみたいし。

何を伝えるのか、誰に伝えるのか、まずはここでひとしきり悩むわけですが、それと同じくその次に来る「どのように伝えるのか」、「何を表現すると何がわかってもらえるのか」も随分悩むわけです。

このストーリーでいいのか、このタレントさんでいいのか(こっちも随分お金がかかりますから)、とかも。

そんな中でよく出てくるのが「インサイト」という言葉。 これがなかなかの曲者で、これだけで何百冊も本が出てるほどの曲者。 なので、ここでじっくり話はしませんが、いいインサイトを発見したり開発したりするのが、マーケティングの醍醐味であるのはおそらく誰も異論がないことでしょう。

代理店のクリエーター(や、たまにはプランナー)さんが考えるインサイトの前に、そのネタ元にしてもらおうと、私たちも消費者の生活の中にある不安や不満や欲求や憧れを、自分たちの商品やサービスに関わる部分で探ったり考えたりするわけです。

まぁ、いくつかタネみたいなものを見つけて、結構玉石混交だったりしますが、それを代理店さんに投げるわけですね。 「これ、使ってください」(あるいは、これ、使えよ)。

んで、いよいよ絵コンテになって出てくるのをわくわくしながら待つわけですが、ここでしばしば議論になるのが、この「インサイト」と呼ばれる、得体の知れない情報を、はたして広告は表現するべきなのか?

これには、実は解答はありません。 そのインサイトの種類や内容、ターゲットの特性、メディアや広告表現の特性などによって、さらには担当者たちの好みにも左右されます。 これが正しい、こうすべき、というのはないんですね。

ただ、クライアントとしては、せっかく苦労して見つけてきたネタなので、使ってほしいし、できれば表現されていて欲しいと思ってしまう。 それが間違いではないことも多い。

あるいは、ちょろっと言えば全部わかってくれるから、わざわざ時間をかけてドラマ仕立てにしなくてもいい、ということも多い。

古い例ですが、ずぅっと昔、ももいかおりさんがスキンケアの広告で、「私がぁ、アフリカにぃ? 映画の仕事でいってたときぃ?」って言ってましたが、あれはそれで十分見ている女性には(日焼けして大変だっただろうなぁ)と伝わるので、わざわざサバンナまで出かけて撮影しなくて済みます。

ところが、ときどき、「おいおい、それを言っちゃぁおしめぇよ」ってことがあったりするんですね。

言わないやさしさ、っていうのもあって、「それは言わずにわかってもらおうよ」というパターン。

これも古い例ですが、布用消臭剤の広告で、お父さんが夏場汗をかいて帰ってきたときに、奥さんがスーツにしゅしゅっとするところ。 メーカー担当者の「研究」によれば、「お父さんは臭い、しかも夏場のお父さんのスーツはものすごい汗臭い、できれば家に入れたくないし、クローゼットに一緒に入れられたくない」んだそうです。 が、広告では、奥さんがさっとスーツを脱がせて、「お疲れ様、電車混んでた?」みたいなことを言ってしゅしゅっとするわけですね。

担当者は、「すいません、汗かいたってわかるようにちゃんと台詞を言わせてください」と。

すかさずクリエーターは、「そんなことは旦那さんも奥さんも見ている人もわかってます。 あなた汗臭いわね、なんて言いませんよ。 (これでわからないのはあなただけです。)」と。

なるほど、言わないけどわかってるよね、というやさしさです。 そんなこと、言われたくないですしね、わざわざ。

さて、さらに困るのは「それは言わない約束」=いわゆる「妄想」モノ。

でも妄想と願望はとっても仲良しなので、インサイトを探っていくと、必ず出てくるわけです。 本音というやつ。 えてして、大きな発見だったり、大きな成功につながる可能性のある「切り口」だったりする。 でも、それだからこそ本人には触れられたくないものだったりする。

「家族は口では言わないけど、私のことをすごい感謝してくれているんだ、実は」くらいの願望なら、わりとなんとかなりますが、「もしかすると、ものすごいかわいい子が今の私の生活から私を抜け出させてくれるかも」くらいになってくると少しずつ難しくなってきます。

ぬるい表現をしていると伝わらないし、堂々と描くと嫌われたりするし。 (「いかがなものか!」というお怒りのお電話をいただくようなこともある・・・たまに。)

こういうときによく使う手法は、明らかに「妄想」とわかるようにする、ですね。

実は「そのまま見せられると恥ずかしい、こっちが照れる」というのが、見ている側の気持ちだったりするので、その気持ちをやわらげる「お約束」を入れてあげる。

例えば、アニメを使ったり、日本・アジアでは外人さん(欧米人という意味です)を使うというのもよく見ます(映画を思い浮かべてもらえば。 それ、自分だったらかなり恥ずかしいけど、みたいのが平気で見られますよね)。 古典的な手法では、画面にぼんやりとした雲がかかる(いまどき見ない?)というのも。 最後にちょっと笑える「おち」がつく、とかもあります。

それ以上に多いのが、それをやっても許されるタレントさん・俳優さんを使う。

ORIXの篠原涼子のシリーズなんかはそれですね。 ねぇよ、そんなことは、と思いながら、でもあったらうれしいかも、と思える。

あと、佐藤浩市のMarkXも、かな。 (あれは、ちょっと恥ずかしすぎる気もしますが。)

いずれにせよ、「これはうそですよ、大丈夫ですよ」というサインをしっかり送る、ということ、です。

しかしながら、世の中には、やっぱりそれは言っちゃだめだよなぁ、というのがあって、私の好きなブランドが、ここのところそれをやってしまっていて、ちょっと心が痛いんですよ。


ルシード


ねらいとしては、間違っていないんだと思います。 これはかなりの確信をもって言えますね。

私自身が、まさにこのブランドと一緒にオトナになってきたドンピシャの世代で、若いころにそのかっこいいCMとパッケージデザインにすっかりやられてたわけですし、そして、この歳になると、いわゆる「ミドルエイジクライシス」というやつに直面し始めるわけで、「俺ももう若くないんだよなぁ」と毎日いやでも思い知らされる。

まさに、本音に触っているわけですね。

しかし、それが「痛い」。

先述した「これはうそですよ~」というサインが無い・少ないことがひとつの原因。 なので、自分の、出さないように苦労している本音が、丸裸で電車の窓横に貼ってあるのが、「痛い」。

(あ、お願い、それは言わないで・・・・。)

ただ、冷静に考えてみると、このインサイトは、実は、表現するたぐいのものではなく、戦略的な情報として使うべきものだったんじゃないのかなぁ、とも考えるわけです。

広告表現にそのまま出すのではなく、コンセプトや製品開発、あるいは、広告やプロモーションの「前提」となる大切な大切なインサイトとして、大事に使ってあげるべきものなんじゃないか、と。

もちろん、自分の顔や髪に使うものに対して興味が低くなってしまっている、打っても響かない人たちなので、ショッキングな手法は必要なんでしょうが、これじゃなかったんじゃないかなぁ、と。

ん? どうやら私は、「私にもっとやさしくして」って言ってるだけ・・・?。

いえいえ、せっかくしっかりとターゲットを絞って、いいインサイト=願望=妄想を見つけて、大英断でそこに突っ込むと決めたんだから、大事に使ってあげてほしいなぁ、と、マーケッターとしてのつぶやきですよ、あくまで。

お。

この記事をクリップ!

走れ3「走れと言われても、どのくらいの距離をどのくらいのタイムで走るのかを決めないと走れない」は、誰でもわかる常識なのに、なぜかビジネスの世界では、結構頻繁に「ともかく走れ」、あるいは、「ともかくそっちに向かって進んでいればなんとかなるだろう」を目にするという不思議。


これまで、ゴールの設定、あるいは、達成可能な夢を描くこと、そして、それに向けての戦略の策定、あるいは、やることとやらないことを選ぶこと、について少し語ってきました。

今回は、この(だらっとした)シリーズの最後として、実はこれが「ともかく走れ」の元凶なんではないか、と思う、分析の問題、そして課題をクリエイトすること、について書いてみます。

ビジネスの状況について分析をする。 マーケティングの世界では、走るときは右足を出したら次は左足を出す、くらい当たり前のことのはずなんですが、どうやらここに「ともかく走れ」の原因が潜んでいるのではないか、ということに最近気付き始めました。

とても多くのケースで、分析という名で呼ばれているものが、表面的事実の把握で終わっているんですね。

下がっている、多すぎる、小さい、足りない。

こういうのを、えとじやマーケティング用語では「体育会系分析」 といいます(ホントか?)。

それ自体間違ってはいないんですよ。 大きな結論として細かいところに入っていく前に捉えるべき事実ですから。

が、問題はそこからやおらアクションに飛び移ること。

つまり、「下がっている、じゃ、上げろ」、「多すぎる、そうか、減らせ」、「小さい? じゃあ大きくしろよ」、「足りないのか、だったら増やせ」と言う具合に。

そうなると、「ともかく走れ」になるわけです。

「そんな単純なこと、分析とは呼べないし、もっとちゃんとしてるよ」とおっしゃる方も多いでしょう。 実際、もっと細かくデータを読みこんでいるのを目にします。

しかし、ここにも落とし穴があって、こちらはえとじやマーケティング用語で「マニア系分析」といいますが、いろいろな技を駆使して数字を加工したり置き換えたり関数みたいのをかませたりグラフにしたり・・・。 で、結局、なんだかよくわからない結果だけが出てきたり。 「それはわかるけど、それでどうしろっていうのよ?」

または、「なるほど、数字が下がっている中で、特にXX地域のOO業態において、YYサイズの配荷が下がっている、これを直せばいいんだ!」みたいな、木を見て森を見ずを地で行くような分析。

こういうのは、いただけません。

単純なことなんですが、「下がっている」=「上げろ」の間にこそ、分析というのがあって、それは「なぜ下がっているんだろう」という問い、なんですよね。

そこに生まれた疑問や仮説を、さらに証拠探しをして固めていく。 それでも、なかなかはっきりしたものは見つからない。 そこで、他のデータや知識を組み合わせてみたり、現場を見に行ったりする。 「こっちは上がっているのにあっちで下がっている」とか、「増やしたのに下がっている」みたいなものを見つけたら、そこには何かあるはずです。 事実のうしろに潜んでいる真実。 彼らが顔を見せるのは、そういう場所が多いですから。

ときに「下がっているように見えるけど、本当に下がっているのか」というような見方も重要です。 何と・誰と、いつと比べているのか、ですね。

そうしていくことで何ができるのか。

それは課題を見つけること、というより、課題を創造すること、ですかね。

分析によって見つけた問題の原因や要因を、解決可能な少数の課題に置き換える力。

脊髄だけではできないことです。 Creativityがないといい課題は作れません。

賢そうな分析ツールを使っても、要因は見つかることはあっても課題は出てきません。 それもやはり、課題というのは「人間が創り出すもの」だから。

でも、これが「ただやみくもに走る」を抜け出すカギなんですよ、きっと。

右肩上がりの「安ものづくり」経済なんて、ただの昔話の世の中、へとへとになって走り続けても、給水所も無ければ、代わりのランナーもいない。 必死で走っているはずなのに、韓国人ランナーの姿はどんどん遠のくし、中国人ランナーたちにどんどん抜かれていく。

むしろ、「必死で走らずに済ませるにはどうしたらいいものか」って考えたほうが、いいようにも思いますが。

お。

プロフィール
  • お。(岡本 晋介) (プロフィール)
    えとじや店主。マーケティング一筋23年。世の中の様々な問題を「ブランド・マーケティング」で解決する腕利きコンサルになるのが夢。なかなか、そうはいきませんが。 ともかく、マーケティングに関わることはなんでも相談に乗ります。スノーボードと音楽が趣味ですが、「うんちく」と「説教」も大好きです。
    もっと見る
  • K。(村雲 圭)
    (プロフィール)
    えとじや番頭。消費者リサーチ歴10年。市場や消費者を理解することで、ブランドが強くなり商品が売れる、という経験を何度も味わってきました。 調査をどうやったらいいのかわからない、結果を見てもどう使っていいかわからない、そんなときにはぜひご相談ください。
    もっと見る
Twitter えとじや春

もう一度読んでほしい、おすすめの過去記事
お。ふブログ
えとじや店主のプライベートブログ
記事検索
えとじやの仲間たち
TRUNK

フリーのプランナー・クリエーターのネットワーク、代表の横山さんの人柄が素敵すぎます。

plasma

一緒に仕事させていただくことも多い、えとじやのお姉さんみたいな会社、というか志村さんがお姉さんなんですね、私の。

伝耕

何屋さんなのか、よくわからないという意味では「えとじや」のはるか上を行く感じです、すいません、私もよくわかっていません、西道さん説明してください。

zen communication designs

もともとはTRUNK横山さんの紹介? いや、一緒にセミナーの講師をした縁? プランニングが本業ですよね、上塘さん。

HARDROMANTICCERS

CGやWebデザインなどから、Webやモバイルのコミュニケーションを企画・制作してくれます、最近一緒に仕事してないよね、何かやりましょう、一岡さん。

snipe

このブログのデザインとか構成とかやってくれてます、「えとじや」がどうも居酒屋・そば屋・料理やの雰囲気になってしまっているのは、きっとこの人たちのせいです、ね、柳原さん。

アルカンタラの暑い夏

開業以来ずっとお世話になっているLivedoorの佐々木さん、Livedoorのリンクをここに貼ってもあんまり意味なさそうなので、佐々木さんのブログを。

オトコスゴレン・オトメスゴレン

ずっと仲良くやっていて、実はクライアントなんですが、なんかそんな気がしない? いやいや、これからどんどんおもしろいことやっていきましょうね、山場さん。

CANCERSCAN

私の大切なクライアントです、やりがいと知的好奇心の満足感と、なんとなく世の中の役に立ててるような気持ちと、いろいろ刺激をくれているのが、こちらの福吉さん&石川さんです。

  • ライブドアブログ